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おはようございます。T栄です。
静かな住宅地の奥まったところにある家。
滅多に車が通らないから、目立つ。
ピンポンは押さない。
これは私の技。
玄関で明るく声を掛ければ、私だと分かる。
だいたい時間は決まっているから、奥さんは待っているのだ。
すぐに玄関が開いて、
おはようございます。
製品を受け取ると、
ありがとうございます。
じゃ、判を。
内職製品受け取りは、向こうが記入した簡易な伝票に判を押すシステム。
月末締めで口座へ振り込み。平均3万円くらいだ。
お金のやり取りがないので、とても気が楽。
したがって、奥さん達とうまくやっていければ、毎日きっちり仕事を完成させてくれる。
パートへ出るのは難しい人や、人間関係が嫌な人が多い。
地方なので農作業の合間にという方もいる。
私が楽しみにしているのは、専業主婦で、旦那が厳しいタイプ。
ヒマはあるけど、束縛や嫉妬が激しくパートへは行かせてもらえない。
ならば、自宅で出来る内職なら、かろうじてOKが取り付けられたミドルな奥様。
まさか内職の配達人がこんないい男だとは思わないから、たいていは驚きつつ喜ぶ。
普通は、すぐにありがとうございました、と出るところだが。
たまに伝票に判を押しながら、きれいですね、なんて言うと喜ぶ。
何が?とか、え?とか、言うけど、
じゃ、お願いします。また、明日。・・と帰って行く。
これは、内職する人を増やすため。
2~3万円にしかならない仕事は、そうそう続かないから。
主婦友の評判を落とすと、その地域では全く集まらないからね。
非常に困る。
仕事は毎日あるけど、必ず一日で仕上げてもらわないと、工場での完成製品が足らなくなり、親工場から怒られる。
いわゆるカンバン方式で、どこも余分な在庫を持たないギリギリな操業。
一番下流の内職が、大工場の製造を支えているわけだ。
ちなみに不良品としてはねられる率で、下流工場がランク付けされ、いい仕事は来なくなるから、死活問題。
まあ、そんな心配は社長に任せて、私は気楽に奥さん方の機嫌を損ねないよう明るく話しながら仕事をする。
土日は自分の奥さんの機嫌を損ねないよう、いい父親を演じる。
演じているだけに、記憶がすぐに無くなる。
アルバムでも見ないと思い出せない。
そのアルバムも、まったく開くことはない。
そんなつまらない、平凡な毎日だったはずなのだが。
社長の気まぐれで、休みのはずの土曜日出勤が命じられた。
といっても工場のパートは休み。
内職さんも休みだと思っている。
こんにちは、T栄です。
はーい、あら、今日は休みじゃないの?
スイマセン、社長の気まぐれで、出来た分だけでも回収して来いって。
工場には誰も居ないんですけど。
ごめんなさい。まだ土曜日だから全部出来ていないの。
そうでしょう。どこへ行ってもそうなんですよ。
ヒマを持て余すばかりで、意味ないんですよ。
・・じゃ、お茶していく?
いいんですか。